銀座のメゾンエルメスの10階に「ル・ステュディオ」という小さな映画館がある。映画上映室といったほうがよいくらいの部屋で、収容人員は約40名。上映会は完全予約制で無料だ。そのかわり利用できるのはひとり1回だけである。
なぜ「美しき逃避行」でツール・ド・フランスなのか。パンフレットにこう書いてある。
L'èchappèeは英語でescape、belleはbeautifulである。先行している選手に「逃げろー!」と声援を送っているのだろう。ゴールに向かってスパートをかける選手に沿道の観客はこう叫びます「L'èchappèe belle!」
「マイヨ・ジョーヌへの挑戦」は、ツール・ド・フランス100周年大会でドイツテレコムチームに密着したドキュメンタリー映画だ。レースを追っているのだが、レースそれ自体はそれほど前面に出てこない。ゴール前の競り合いのあと、ゴールの瞬間はスキップして、ゴール後の選手を取り巻く報道陣や、彼をいたわるトレーナーなどが描かれる。ゆったりとしたテンポのBGMをミュートトランペットが静かに奏で、厳しいレースとの対照で不思議な雰囲気だ。クラフトワークの「ツール・ド・フランス」にどこか似ている。
自転車レースファンには興味深いシーンも流れる。自転車のロードレースは長いもので250kmを走り続ける。5~6時間のレースの間には、当然どこかで尿意をもよおしてくる。道端に何人もの選手が並んで用を足している。長いレースのあいだ常に競り合っているわけではなく、中盤を過ぎるまでは結構のんびりしているのだ。
ロードレース選手の鍛えられた脚は非常に美しい。筋肉の形が浮き出て彫刻のようである。そこに汗が付いてキラキラと光る。転倒してけがをすると絆創膏を貼るが、すね毛があるとはがすときに痛い。またレース後は念入りにマッサージを受けるが、そのときにもすね毛は邪魔だ。バスルームでシェービングクリームを脚全体に塗り、安全カミソリでジョリジョリとすね毛を処理するわけである。
フランス自転車レースを題材にしたドイツ映画を見たあとは、「エル・チャテオ」でスペイン料理を楽しむ。マッシュルームを油でぐつぐつ煮た「シャンピニオンのセゴビア風」は、口の中をやけどしそうに熱いが、ワインによく合う。この日もワイン1本を二人で空けてしまった。午前中、3週間ぶりのテニスで走り回って疲れた体に、辛口の白ワインがジューッと染み渡っていく。少々飲み過ぎたようで、家にたどり着いたらバタンキューだった。
私はウォータースポーツが苦手だ。泳げないわけではない。こう見えて20代の時はトライアスロンのまねごとをやっていた。コンタクトレンズがないと道を歩くのもままならない近眼なのである。しぶきが顔にかかってレンズが流れてしまったりすると一大事なのだ。急流下りのラフティングは論外である。
そんなハンディキャップの中でどのアクティビティを楽しむか。アルファリゾートトマムのホームページを見ながら「大冒険!空知川カヌー下り」というのを第一候補にした。全行程8時間。途中ランチをとりつつ、カナディアンカヌーをふたりで漕いで川を下る。カヌーならひっくり返ることもないだろうし、水しぶきが上がることもない。さっそく予約することにした。
アクティビティを主催している会社に電話し、カヌー下りの予約をしたいと告げると、「あー、ガイドがラフティングで出払っていて、できないんですよ」。どうやらスリル満点のラフティングのほうが人気らしい。社員がそれほど多い会社ではなさそうだ。電話の向こうで犬が吠えていた。やむを得ず、別の会社がやっていて、「小さなお子様(3歳以上)からおじいちゃん、おばあちゃんまで幅広い年代の方にご参加頂ける」という「ネイチャーラフティング」を予約した。
出発地の落合という地区へ送迎バスで移動し、空知川(そらちがわ)のほとりでヘルメットやカッパズボン、ウォーターブーツを身につける。既に膨らませてあるゴムボートを参加者全員で持ち上げ、川岸まで運ぶ。結構重い。参加者は私たち夫婦のほか、小学校低学年と幼稚園の姉弟連れの一家4名。漕ぎだしてすぐのところで、落差20センチくらいの急な下りがある。ちょっとしたスリルを味わえる。幼稚園児のボクは腰を抜かした模様。
あとは穏やかな流れを下っていく。そのままだと少々退屈かもしれないが、そこはぬかりなくイベントが用意してある。ボートを降り、歩いて小さな支流に入る。ザル一つだけで魚を捕ろうというのだ。魚は下流に逃げる習性がある。川下にザルを立てておき、川上で魚を脅かすと首尾よくザルに入ってくれるというわけだ。
お手本を見せてくれるガイドは、まず魚がどこにいるかを視認している。しかし魚は保護色を使って身を隠すから見つけにくい。私の目では捉えられない。そこで「魚の気持ち」になってみることにした。自分が魚だったらどこに隠れるか。その草むらの陰なんか良さそうだ。ザルをそっと水に入れ、草むらのところをワサワサッとかき回す。チョロチョロッと何かザルに飛び込んだ。逃がさないように注意して引き上げると、5センチくらいの魚が入っていた。ガイドによるとアメマスだそうだ。同じ手口で、同じくらいのサイズのアメマスをもう1匹捕まえた。子連れ家族の方は、お父さんが小さなナマズを2匹捕まえた。どちらの家庭も、男が面目を保った形である。
普段からビクビクして暮らしているから、憶病な魚の気持ちがよく分かったのだろうか。何にビクビクしているかは書かないでおいたほうが身のためである。
早朝に雲海を堪能したあと、午前中はネイチャーウォッチングというアクティビティに参加する。アルファリゾートトマム内のリゾートセンターを9時に出発し、リゾート内の散策路をガイドの案内で約1時間半歩く。散策路といっても、8月にはヒグマが出たという。ガイド無しでの立ち入りは禁止になっている。ガイドの腰には熊よけのスプレーらしきものが下がっていた。
到着した日と出発の日があいにくの曇り空だったが、この日は朝から気持ちのよい秋の青空が広がり、散歩に絶好の日和だった。
途中の池にはエゾサンショウウオの子どもたちがたくさん住みついていた。大きさは数センチくらい。大人になると15センチくらいになるそうだ。
北海道らしく、白樺の木がたくさん生えている。幹の黒い模様は、木が育つに従って落としていった枝の跡だということはガイドの説明ではじめて知った。木が伸びていくと、日光が当たらない下の方の枝は用済みになる。道のそばに生えている木は、日光が当たる道の側だけ下の方の枝だが残っている。
北海道の中央部、占冠村のアルファリゾートトマムは紆余曲折の末、リゾートや旅館の再生で有名な星野リゾートが経営している。冬はスキー、夏はゴルフやネイチャーウォッチングなどのアクティビティを楽しめるこのリゾート地の最大の売り物が、トマム山から望む雲海である。トマム山は標高1239メートル。ゴンドラ山頂駅が1088メートルのところにある。駅の横にテラス席がしつらえてあり、食事やコーヒーをとりながら雲海を眺めることができる。
駅の案内板で「少し見えます」という状態の雲海だったが、十分きれいである。遠方に見えるのは日高連峰だろう。朝日を受けて雲がキラキラ輝いている。
山頂駅を降りて右が雲海テラス。左に歩いて行くと、「雲海仙人の隠れ家」と名付けられた展望スポットである。テラスよりも隠れ家のほうが展望が開けている。
今回は2泊した。リゾート3日目の発生確率は50%。そして残念ながら雲海は発生しなかった。しかし雲海がなければ雄大な展望を楽しめる。
熱気球フライトのガイドの話によると、雲海が一番発生しやすいのは8月10日前後だそうだ。
そのほかの写真はFlickrのSetで。
http://www.flickr.com/photos/nightraven/sets/72157622332129409/
9月19日の第1653回NHK交響楽団定期公演Aプログラム第1日が。、私と妻の初N響、そして初NHKホール体験だった。クリストファー・ホグウッドの指揮で、今年が生誕200年のメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」「ヴァイオリン協奏曲」「交響曲第3番スコットランド」という演目。ヴァイオリンソロはダニエル・ホープである。
ホグウッドは古楽出身の演奏家というのを知っているだけで、彼のCDを聞いたことはない。ただ、ネヴィル・マリナー/アカデミー室内管弦楽団の「四季」でチェンバロを弾いていたそうだから、その演奏を聴いたことがあるかもしれない。ロジャー・ノリントンやパーヴォ・ヤルヴィら、古楽の手法を取り入れた指揮者のベートーヴェン交響曲の響きが非常に新鮮で気に入っており、ホグウッドの演奏にも期待していた。そしてその期待は裏切られなかった。
メンデルスゾーン交響曲第3番は、オットー・クレンペラーの演奏が名盤とされている。これは遅めのテンポで重厚な味わいだ。ホグウッドの演奏はテンポを速めに設定し、躍動感にあふれている。それは彼の指揮ぶりを見ても明らかだ。ダイナミックな動きでオーケストラをぐいぐい引っ張っていく。
そしてホルンがよく鳴る。大学生の時にホルンをやっていた私には何よりもこれが楽しい。この曲は第4楽章の最後のコーダで曲調ががらりと変わり、勇壮に曲を締めくくる。地の底からわき上がってくるような上昇旋律をホルンやチェロが奏でる。同じ旋律が徐々に高音域に移動していく。ホルンにはちょっとした難所だ。かなりのハイトーンを要求される。しかしそこはさすがのN響。首席奏者の松崎裕氏が率いる4名のホルンセクションは、不安を微塵も感じさせない。ホルン4本とオーケストラが呼応するように掛け合う部分ではベルを水平に上げて、背中がぞくぞくするくらい朗々と和音を響かせる。アンコールでホグウッドが真っ先に立たせたのもホルンセクションだった。文句なしにブラボーな名演だった。
クレンペラーの演奏に対して、「メンデルスゾーンというと、どちらかというと軽快な曲という印象があったのだが、やはりロマン派なのだとクレンペラーのCDで認識を新たにした」と書いた(その記事)。しかしそれは果たしてメンデルスゾーンの意図したものだったか。ホグウッドは自分でメンデルスゾーンの楽譜校訂版を出しているくらいの研究家でもある。この日の演奏を聴くと、ロマン派イコール重厚というイメージは必ずしも的を射ていないようだ。そしてそれはベートーヴェンの交響曲にも言えることである(2008年に書いた記事)。
この日の演奏は10月11日の「N響アワー」や、10月16日のNHK BS2で放送される。Bプログラムのベートーヴェンも10月9日にBS2で、そしてプロコフィエフやハイドンなどのCプログラムは10月4日の「N響アワー」で放映される。ホグウッドのメンデルスゾーンはCDが出ていないから、間違いなく保存版の映像である。ライブで聴いた演奏をテレビでもう一度体験できる。さすが天下のNHKである。
ブログのポピュラーなテーマと言えば料理である。どこそこのレストランで何を食べたとか、あれがうまかったとか。ところがブログというものを自分で書いたことがない人からすると、「自分の食事をインターネットで晒して何が面白いのか」と怪訝に思うことになる。
私見だが、自分のことを他人によく知ってもらいたいというのは、人間のかなり根源的な欲求ではないかと思う。自分が生活している集団の中で認めてもらいたい、尊敬を集めたい、注目されたい。年寄りの話がうんざりするほど長く、さらには微に入り細にわたることが多いのも、人生の先達として一目置かれたいという欲求から来ているのだと思う。
ブログを書いて公開するという行為は、この欲求をかなり低いコストで効果的にかなえてくれる。自費出版で何十万円も持ち出す必要はないし、大勢を集めて講演会を開く必要もない。きわめて手軽である。しかしブログに書くテーマを見つけるのは意外と大変であるし、まとまった記事にするのもこれまた手間がかかる作業である。そこで料理が登場する。
人間であるからには、毎日2~3食なにかを食べる。毎日同じものばかり食べ続けると飽きてしまうから、何らかの変化を付ける。つまり普通に生きているだけで新しいテーマや素材がひとりでに入ってくるわけである。細かい説明を書き加える必要もない。携帯電話やデジカメで写真を撮って載せたたけでも、「おいしそう」「どこのお店ですか」などといった反応が返ってくる。料理人のレシピや盛りつけの力を借りているわけで、他人のふんどしで相撲を取っているようなものであるが、それはたいした問題ではない。毎日のようにブログを更新して、自分というものを他の人に知ってもらえればよいのである。
という長い前置きが終わったところで、先日イクスピアリで入ったスペイン酒場風レストラン「バル・リカ・セルヴェッサ」の料理の写真を載せてみよう。
今回はワインを1本注文してみた。1本空けられるかどうかいつも不安で躊躇してきたのだが、何事も経験である。この店にはワインリストなるものが存在しない。店内の棚に並べたワインの中から選ぶ。店員の話も聞いて、さっぱり目の白ワイン「Arbet i Noya」にした。なるほど飲みやすい。しかしふたりでワイン1本はさすがに酔っぱらう。自宅に帰ったらバタンキューだった。